岡山地方裁判所 昭和34年(行)5号 判決 1960年9月07日
原告 日下正一
被告 岡山県人事委員会
主文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は「被告が昭和三〇年三月二四日付で原告の忌避申立を却下した処分ならびに同年同月三一日付で原告の異議申立を却下した処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求原因ならびに被告の主張に対する答弁として別紙一、記載のとおり述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として、別紙二、記載のとおり述べ、本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張事実に対する答弁ならびに被告の主張として、別紙三、記載のとおり述べた。(立証省略)
理由
原告の本訴請求は要するに原告がもと岡山県吏員であつたところ、昭和二七年三、四月頃岡山県知事三木行治から免職処分を受けたので昭和二八年一月一八日付をもつて被告委員会に右免職処分の審査を請求し、その審査中である昭和三〇年三月一九日被告委員会に対し委員長嘉数郁衛は右審査について不公正偏頗な審理をする虞があることを理由に同人の忌避申立をしたところ、被告委員会は同年同月二四日付文書をもつて右忌避申立を却下したこと、そこで原告が同年同月二七日被告委員会に対し右却下処分に対する異議申立をしたところ、被告委員会は同年同月三一日付文書をもつて該異議申立を却下したので原告は右各却下処分の無効であることの確認を求めるというのである。
そこで先ず右のように原告の請求にかゝる不利益処分に関する審査の手続中なされた人事委員に対する原告の忌避申立を却下した処分、ならびにこれに対する異議申立を却下した処分の適否につき果して裁判所がこれを審判することができるものであるかどうかについて考えてみる。
人事委員会は地方公務員法第八条第四項に基き職員に対する不利益処分を審査するについて人事委員会規則を制定することができ、同法第五一条によると審査の手続については人事委員会が制定する右規則で定めなければならないと規定されている。従つて人事委員会は右審査をなすのに必要な手続について法律の定めに牴触しない範囲内で自ら規則を制定しこれを解釈運用しうるものであり、またその権限を行使して審査手続を遂行するにあたり法律ならびに右規則に従わなければならないことはいうまでもないが、それ以外には他の如何なる機関からも何等の制約を受けることなく、該手続の遂行は全く人事委員会の自律的運用に委ねられているものであつて、このことは地方公務員法第八条第七項の規定からみてもまことに明らかである。
もつとも審査手続の遂行、運用を人事委員会の専権に委ねることにより審査請求人の権益を不当に侵害することは許されないが、請求人は右手続が進捗してその後審査決定がなされた場合において裁判所に対し右決定が違法であることを理由として出訴し(地方公務員法第八条第八項参照)その際右決定がなされるまでの間の手続に違法があり、右の違法が決定内容にも影響を及ぼすことをも主張して違法な手続により侵害された権益の救済を図る途がないわけではないから、右審査手続の遂行運用を人事委員会の専権に委ねることによつて終局的に請求人の権益を不当に侵害するものということもできない。
そうすると裁判所は地方公務員法第八条第八項において定めるところに従い不利益処分の審査決定の適否について審判する場合があるのはともかくとして審査の段階でなされた手続の当否のみを判断しその権限の行使について制約を加えることは許されないものというべく、また審査手続について裁判所が関与しうることを認めた規定も存在しない。
そして被告委員会がなした原告の忌避申立を却下する処分、ならびにこれに対する異議申立を却下した処分はいずれも原告に対する審査手続の一環としてなされたことが明らかであるから、これが無効確認を求める原告の本訴請求は爾余の点の判断を加えるまでもなく裁判所の裁判権に属しない事項を目的とする不適法な訴であつて却下を免れない。
なお被告委員会がなした右各却下処分が行政訴訟の対象となるべき行政処分にあたらないことは別紙四(差戻前の第一審判決の理由欄の一部)記載のとおりであるから原告の本訴請求はこの点においても不適法として却下しなければならない。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 胡田勲 西内辰樹 森岡茂)
別紙一、(原告の本訴請求原因ならびに被告の主張に対する答弁)
一、原告は岡山県吏員として、岡山県吉備寮において庶務会計事務を担当していた者、被告は地方公務員法第七条第一項の規定に基き、岡山県が「人事委員会設置条例」(昭和二六年岡山県条例第三四号)により設置した人事委員会である。
二、原告は、昭和二七年三、四月頃岡山県知事三木行治より、免職処分を受けたので、昭和二八年一月一八日付を以て、被告に右処分の審査を請求し、右請求は同年二月四日被告に受理され爾来審査係属中である。
三、原告は昭和三〇年三月一九日、被告に対し右審査につき、不公正、偏頗な審理を断行することを理由に人事委員長嘉数郁衛の忌避申立をしたところ、被告は同年同月二四日付文書を以て「当委員会において忌避の申立を受理する理由はない」として右申立については、何等審査をしないでこれを却下した。そこで原告は同年同月二七日被告に対し、右却下処分に対する異議申立をしたところ、被告は同年同月三一日付文書を以て、「当委員会において異議の申立は受理すべきものではない。」としてこれ又何等審査することなく、右原告の異議申立を却下した。
四、しかしながら、右却下処分は左の理由により無効である。即ち
(一) 被告が何等審査することなく原告の右忌避並びに異議申立を却下したのは違法無効である。
人事委員会は、地方公務員法第五〇条により、職員の不利益処分の審査請求を受理した場合はこれを審査する義務を有し、又同法第八条第七項に明らかな如く、右審査は人事委員会によつてのみなされるのであつて、他にこれを審査する機関は存在しない法制になつているにも拘らず、被告は、法令の根拠なく、恣意を以て、原告の本件忌避申立並びに異議申立に対しては、何等審査することなくしてこれを却下しているのであつて、右処分には人事委員会として前記審査義務に違背した違法があるといわねばならない。
一体、人事委員会の権限とされる不利益処分の審査とは本案申立についての審査のみならず、これが審査手続上生ずる派生的附随的事項についての申立(争訟上の申立)の審査をも包含すると解すべきところ、原告は前述の如く岡山県知事のなしたる免職処分の取消なる本案の申立をなし被告においてこれを受理した上、これにつき審査をしている以上、これが審査手続上発生した本件忌避並びに異議の各申立についても、被告は当然これを審査すべきものであるにも拘らず、被告はこれにつき何等審査をすることなく右各申立を却下したのであるから、右各却下処分は地方公務員法第五〇条第一項違背の処分というべく、地方自治法第二条第一二項に照し無効である。
(二) 本件各処分は、日本国憲法第三一条に違反し、同法第九八条に照し無効である。
前記(一)において述べた如く、被告は原告のした忌避申立並びに異議申立に対しては、これを受理して審査しなければならないにも拘らず、被告は何等法令の根拠なくして恣意を以てこれを受理すべきではないとして、右各申立を却下したのであるから、右却下処分は日本国憲法第三一条に違反するものというべく、同法第九八条に照し無効である。
(三) 本件忌避申立却下処分は、民事訴訟法第三七条の規定を無視した違法がある。
人事委員会のなす不利益処分の審査手続に関しては、特別の定なき限り、民事訴訟法の規定が類推適用されるものと解すべきであるから、右審査をなす人事委員(長)に審査の公正を妨ぐべき事情あるときは審査請求者は民事訴訟法第三七条に則りこれを忌避することができるものと解しなければならない。ところが被告は審査請求者には人事委員(長)に対する忌避申立権はないものとして、原告の忌避申立を却下したのであるから、右却下処分には前記民事訴訟法の規定を無視した重大且つ明白な違法があり無効である。
(四) 本件異議申立却下処分は、地方自治法第二五七条に違反して無効である。
被告のなした処分又は決定に対しては同法第二五六条の規定が適用され、したがつて原告は被告のした本件忌避申立却下処分に対しては異議申立権があるものというべきであるから、被告は原告のした異議申立に対しては同法第二五七条に則り、その申立を受けた日から三〇日以内に、右異議について決定しなければならないにも拘らず、被告は原告のした異議申立は受理すべきものではないとして、何等これにつき同条所定の決定をすることなく、右申立を却下したのであるから、右却下処分は同法条違背の処分たるべく無効である。
(五) 被告のなした却下処分はいずれも理由を明示せずしてなされており無効である。
原告が被告より送達を受けた本件各却下処分の文書には却下の理由について何等記載するところがない。したがつて、本件却下処分は理由を明示せずしてなされたものというべきである。行政処分は国民の権利義務に影響を与えるものであるから、行政権の濫用を防止し、右処分が正当になされたことを明確にし、あわせて不服ある者には救済の途を講ぜさせるため、行政処分には理由を明示すべきことは当然要求されるところであり、又このことは、訴願法第一四条地方自治法第二五七条第三項の規定からも容易に窺われるところである。したがつて理由を明示せずしてなされた本件却下処分はこの点からいつても無効である。
(六) 本件却下処分は適法な招集手続を欠き違法に構成された被告委員会によつて決定されたもので無効である。
即ち、地方公務員法第一一条第四項の規定に基き定められた岡山県人事委員会議事規則第一条は、「岡山県人事委員会の会議は、定例会及び臨時会とする。」旨規定し、同規則第二条は「定例会は毎週水曜日、午前十時から岡山県庁内において開催する」と規定する。そして同規則第三条は第一項において「臨時会は委員長が必要と認めたとき、又は委員の請求があつたとき、委員長が招集する」と定め第二項は「臨時会に付議すべき事項はあらかじめ委員に通知しなければならない。」と規定する。ところで本件処分のなされた昭和三〇年三月二四日及び同年同月三一日はいずれも木曜日であつたのであるから、被告委員会の会議は右規定に徴し、臨時会として開催されたことになるが、臨時会である以上、前記第三条第二項に従い委員長においてあらかじめ委員に付議すべき事項を通知した上で、招集したものでなければならない。しかるに右両日の会議は右手続のなされた事実なく、適法な招集手続を欠くものでありしたがつて構成された被告委員会も違法であるといわなければならない。かかる違法に構成された被告委員会によつて決定された本件却下処分は無効たるを免れない。
(七) 本件却下処分は、被告委員会委員長の単独意見として表明された違法があつて無効である。
被告は、合議制の執行機関であるから、原告のした本件忌避並びに異議申立に対しては合議体による決定がなされなければならないにも拘らず、原告に送達された前記却下の文書には、単に人事委員長嘉数郁衛の名が記載されているのみで、他の委員会構成の委員については何等の記載がないから、合議制たる被告委員会が決定したものとは解することはできず、したがつて本件各却下処分は被告委員会の処分としての効力はなく無効である。
(八) 仮りに本件却下処分が被告委員会によつて決定されたものとしても「決定」としての体裁を欠き無効である。
被告は原告のした忌避並びに異議申立に対して決定し、これを文書として原告に送達する以上は「決定」たる旨表示すべきに拘らず、原告に送達された前記昭和三〇年三月二四日付及び同年同月三一日付各文書には「回答」なる表題を附しているのみで「決定」若しくは「決定書」なる表題を附していないので、いずれも被告委員会の決定としての効力はないものというべく、したがつて本件却下処分は無効である。
(九) 本件各処分は地方公務員法第二七条第一項、第四一条に違反し、不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二六年八月一三日岡山県人事委員会規則第六号)第二〇条の規定を看過した無効の処分である。即ち右の法第二七条第一項第四一条は地方公務員の分限及び懲戒について、公正でなければならないこと、またその福祉及び利益の保護は適切であり、且つ公正でなければならないことを宣言しているのであつて、この公正の原則は当然本件忌避ならびに異議の各申立を受理してこれを審査すべきことを要請するものであるから、若し被告委員会において右規則の上でこれが受理審査に関する規定を欠くというのであれば、右規則第二〇条によりその受理審査を行うことができるための必要な措置を講ずべき責務があるのに拘らず、これを行わないで、本件各処分をしたものであるから、本件各却下処分は無効である。
以上いずれの点からいつても、被告のなした本件各却下処分は無効であるからこれが無効であることの確認を求める。
更に被告のなした原告には本訴請求をなす利益がないとの主張に対し、人事委員長嘉数郁衛が昭和三〇年六月一一日任期満了により被告委員会の人事委員(長)を退任していることは認める。
しかしながら、被告のなした忌避申立却下処分は、既に請求原因三に記載した如く「当委員会において忌避の申立を受理する理由はない」として人事委員(長)に対する異議申立はなし得ないことを前提としての処分なのであるから、原告が忌避した右嘉数郁衛が、既に退任しているからといつて本訴請求をなす利益に何等の消長を来すものではない。即ち
(イ) 原告が本訴において勝訴の確定判決を得るならば、その判決は被告を拘束するわけであるから現に被告に係属する原告の不利益処分審査手続において原告のすべての争訟上の申立権は認められ、原告の利益は保護されること必常である。されば人事委員(長)に対する忌避申立権並びに忌避申立却下処分に対する異議申立権存否の確定は、右嘉数の在任、退任の如何に拘らず、原告にとつて喫緊の先決問題である。
(ロ) 原告は、昭和三〇年八月二〇日、被告に対し現に前記不利益処分の審査をなす人事委員長野瀬隆夫を忌避する申立をしたが被告は同年同月三一日付を以て、本件同様これを却下した事実があるが、原告が本件において勝訴判決を得るならば再度右却下処分に対し提訴する必要がなくなるばかりでなく、右野瀬隆夫をして右審査において公正なる態度を執らしめるに至ることは必常である。
次に被告のなした被告委員会において同委員会委員に対する忌避申立を受理審査することは、同委員会の構成上不可能であるとの主張に対し、該審査については審査期間の制限が全くなく、且つその委員には任期(地方公務員法第九条、同附則第五項)があるから、忌避の理由があるとされた委員の任期中、当該事案の審査を一時停止することによつて、同委員会の構成上の障碍は容易に除去できるものというべきである。
別紙二、(原告の訴の却下を求める理由)
一、原告は本訴において忌避並びに異議申立却下処分の無効確認を求めているが行政事件訴訟特例法の規定する所謂抗告訴訟は行政庁の違法な処分の取消又は変更を求めるものであつて、処分の無効確認を求めることは法の認めるところではない。故に本訴は不適法である。
二、人事委員(長)忌避申立却下処分に対しては、地方公務員法及び同法第五一条に基き定められた岡山県人事委員会規則、訴願法は勿論その他の法令においても特に訴願することを許した規定は在在しない。故にこの点からいつても本訴は不適法というべきである。
三、仮りに行政処分無効確認訴訟が許されるとしても、原告の主張する本件各却下処分は、行政訴訟の対象たる行政処分ではない。
(イ) 原告は人事委員(長)に対して忌避申立権があると主張するけれども、人事委員に対しては忌避申立をすることはできない。地方公務員法第九条第一一条の規定に鑑みると、人事委員会は、三人の委員を以て構成する合議制執行機関であつて同法は常に三人の委員が在職することを要求していることが明瞭であり、同法第五一条に基き定められた前記岡山県人事委員会規則にも人事委員に対する忌避の申立を許容した規定は存在しない。一体、人事委員会のなす不利益処分の審査は地方自治法の特別法たる地方公務員法において、特に認められた行政手続であり、右審査は同法及び同法第五一条に基き制定された(岡山県)人事委員会規則に定められた手続によつてのみなされるのであつて、右審査手続に、原告主張の如く、右法令以外の地方自治法若しくは民事訴訟法その他の法令が類推適用されるいわれはない。したがつて原告のした忌避申立並びに異議申立はいずれも法令の根拠を欠く申立であるというべく、被告においてこれを受理すべき限りではないから、忌避並びに異議申立の却下というも、実は、これら申立書を返戻した所謂事実行為にすぎないのであつて、法令に基き、被告委員会の権限としてなされた行政処分ではない。
(ロ) 無効確認訴訟の対象となる行政処分は該処分によつて相手方の権利を侵害するものであることを要するが、(イ)に述べた如く忌避申立そのものが法令で認められた権利ではない以上忌避申立並びに異議申立を却下したところで、原告の権利を侵害したことにはならない。したがつて本件各却下処分は行政訴訟の対象たる行政処分ではないから、これに反する見解を前提とする原告の本件訴は不適法である。
四、仮りに以上の主張が理由がないとしても、原告は本訴において、被告委員会委員長嘉数郁衛に対する忌避申立却下処分並びにこれに対する異議申立却下処分の無効確認を求めているが、右忌避の対象たる人事委員長嘉数郁衛は、昭和三〇年六月一一日任期満了により退任し、現在被告委員会の委員長若しくは委員の職にある者ではない。したがつて原告の訴は、その利益を欠き不適法である。
別紙三、(被告の原告主張事実に対する答弁ならびに被告の主張)
原告の主張事実中、原告が原告主張の如き岡山県吏員であつたこと、被告が県人事委員会であること、原告主張の頃、岡山県知事が原告を免職処分に付したこと、原告がその主張の日時、被告に右免職処分の審査を請求し、右審査が被告委員会に係属中であること、原告がその主張の日時、被告委員会に人事委員長嘉数郁衛忌避の申立をしたところ、被告が原告主張日付の文書を以てこれを却下したため、原告は被告に異議申立をしたところ、被告が原告主張日付の文書を以てこれを却下したこと及び被告が右各却下処分をなすに当り、理由を付さなかつたこと、並に右各却下の文書に回答という表題を付していたことは認めるがその余の事実は争う。
(一)(原告の四の(五)の主張に対し)
既に述べた如く、原告のした忌避並びに異議の申立は法令の根拠を欠く申立であるから被告はこれに対し「決定」をなすべき理由はない。被告は原告の提出した各申立書を返戻したにすぎないのであつて「決定」をしたものではないから、これに「理由」を付する必要はない。
(二)(原告の四の(六)の主張に対し)
被告は昭和三〇年三月二四日及び同年同月三一日に、原告の各申立書を返戻したのであつて、右各当日に会議を開いたものではない。返戻文書の発送日が木曜日であつたというにすぎないのであつて、右両日に会議がなされたことを前提とする原告の主張は失当である。
(三)(原告の四の(七)の主張に対し)
原告の各申立に対してはそれぞれ被告委員会会議に諮つた結果、委員会代表者委員長名でこれが申立書を返戻したものであつて、原告主張の文書に単に委員長名の記載があるのみであるからといつて、委員長単独で事を決めたものではない。仮りに然らずとするも原告はこれより先、昭和二九年一一月五日、被告に対し人事委員長忌避の申立をしたので、被告は第三五回の被告委員会会議において協議の結果、受理すべきものではないとして、同月九日右申立書を返戻した事実があるが、その後昭和三〇年三月一九日原告から再び前同様の本件忌避申立があつたので、今回は委員長専決で同月二四日これを返戻したが、右事項は同月三〇日に開催された被告委員会会議において追認されているのであつて、原告の主張の如き無審査専決の事実はない。
被告の主張として、被告委員会において同委員会委員に対する忌避申立を受理審査することは同委員会の構成上不可能である。即ち地方公務員法第五〇条に規定する不利益処分に関する審査を行う権限は人事委員会の専権とされていることと、同委員会委員についてはその職務を代行する他の委員の存在が現行法上許されていないから、仮りに委員に対する忌避が認められるとするならば、同委員会の構成は事実上不可能になるので、忌避の制度は許さるべきものではない。
別紙四、(本件各処分がいわゆる行政処分にあたらない理由について)
行政訴訟は具体的な権利義務に関する紛争のある場合でなければ提起することができないのが原則であるから、無効確認の訴訟の対象たる行政処分といい得るためには国民の権利、義務に具体的な効果(権利関係の変動)を及ぼす行政庁の行為でなければならないというべきである。
ところで地方公務員法第五一条は、「前二条の規定による請求及び審査の手続並びに審査の結果、執るべき措置に関し必要な事項は人事委員会規則又は公平委員会規則で定めなければならない」と規定し、地方公務員の請求する不利益処分に関する審査の手続については当該地方公共団体の人事委員会又は公平委員会が同法第八条第四項に基き制定する人事委員会規則又は公平委員会規則で定むべきものとするところ、被告岡山県人事委員会規則たる不利益処分に関する規則(成立に争ない乙第一号証の一、二)には、人事委員(長)に対する忌避については、何等の定めがないことが明らかである。
およそ、公務員に対する不利益処分の審査はそれが司法的な機能や性格を有している点からいつても又その審理手続が訴訟手続にも対比さるべき慎重厳正な手続をとつている点からいつても、(国家公務員法第九〇条第九一条人事院規則一三―一職員の意に反する不利益な処分及び懲戒処分に関する審査の手続、地方公務員法第五〇条第五一条前記岡山県人事委員会規則等参照)、現行司法裁判手続におけると同様、審査の中立公正を期するため、忌避の制度を設けるのが相当であり、国家公務員の不利益処分の審査において前記人事院規則一三―一、第二三条第二四条が公平委員に対する忌避について詳細な規定を設けているのも、この見地からいつて、蓋し妥当であるというべく、したがつて地方公務員の不利益処分の審査においても、右と同様当該審査にあたる人事委員又は公平委員に、審査の公正を妨ぐべき事情あるとき、若しくは不公正な審査をする虞があるときには、これを忌避し得ることとし、忌避申立の方法、忌避申立ありたるときの処置等につき人事委員会規則又は公平委員会規則にこれを明定しておくことが当を得た措置であるというべきであろう。
しかしながらこれら規則に、忌避について何等の定めなきときは人事委員又は公平委員に対し、忌避の申立はなし得ないものと解さなければならない。蓋し忌避の制度は、訴訟手続若しくはこれに類似の準司法的手続において、その機能上訴訟関係人や争訟関係人その他一般国民の信頼を保障し、これら手続の公平を担保するため、法令に基き設けられる一の制度的産物なのであるから法規上明文を以て規定されている場合の外は忌避権の享有を肯認するわけにはゆかないからである。そして被告委員会規則に忌避について何等の規定がないことは前認定のとおりであるから、仮りに人事委員(長)に忌避原因たるべき事由があつたとしても、原告はこれに対し忌避申立をなし得ないものといわなければならない。論者或は被告委員会規則に、忌避について何等の規定がなくても民事訴訟法その他の法令又は他の地方公共団体の人事委員会規則若しくは公平委員会規則に定められれた忌避の規定を類推適用し、被告委員会の人事委員に対する忌避権を認むべきであると主張するかも知れないが、地方公務員法上の人事委員会は同法第七条に基き設置される各地方公共団体の独立行政機関なのであるから、同法及び各地方公共団体の当該人事委員会の制定する人事委員会規則に明文なき以上は、法体系或は機構組織を異にする国家機関若しくは他の地方公共団体の行政機関に適用される法規を類推適用するわけにはゆかないから右主張には到底賛同し得ない。
以上説示のとおり、原告は被告委員会の人事委員(長)に対し忌避申立をなし得ないのであるから、被告が原告のした本件忌避申立を却下したからといつて、原告の権利を侵害したとはいえずしたがつて右忌避申立を却下した処分並びにこれに対する原告の異議申立を却下した処分はいずれも行政訴訟の対象としての行政処分たる性質を有するものとはいえない。